記憶の中の写真 17

路地の夏休み (2004/8/11)

 

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CASIO QV-R51



夏休みは僕にとって輝くような時間だった。

僕が子供の頃は、路地は子供たちの遊び場になって、蝉時雨の中、一日中駆け回る少年、少女のはしゃぎ声と笑い声で溢れていた。

夕食時になると、どこからともなく聞こえてくる相撲の呼び出しや、子供たちの歓声に混じって聞こえる子供たちを呼ぶお母さんの声が、外で遊び回る子供たちに一日の終わりを知らせた。

子供たちはそこで初めて帰る時間に気づき、慌てて明日の約束をしながら、散り散りに長く伸びた影法師とともに家に帰っていく。

そんな風景が失われて久しい。

それどころか、今やそんな歓声や物音さえもクレームの対象となるような社会になってしまった。

寛容さを失った大人が、子供たちに忍耐を押し付けるような社会をつくっているのかもしれない。

京都東山は、歴史的な建造物も多く、観光客で賑わっている。

東山の魅力、京都の魅力は、歴史的な寺社仏閣だけではなく、街並み全体が時間が止まったように昔の面影がそこここに残っており、昔ながらの生活様式さえもが垣間見れるところにある。

勿論、京都も他のエリアと同じ様に多くの景色が失われているが、他よりずっと懐かしい風景と出会うことができる。

東山は特にそういう色合いが濃い一角だろう。